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北摂ロマネスク

エイト、音楽、こっそり日常。

高橋優は「J-POP」なのか?-光の破片リリースによせて-

音楽 高橋優

私はCDレンタル店にあまり行くことがない。というのも、CDが好きすぎるが故に「手元に置いておきたい」病にかかっているためだ。シングルもアルバムも欲しいと思ったら基本的には購入してしまう。

しかしCDレンタル店自体は好きである。CDが並んでる棚を眺めているのも好きだが、何より、自分の好きなアーティストのCDがどれだけ揃えられているかをチェックするのが好きだ。

 

先日、安室奈美恵の「Hero」がどれだけ厚く推されているかを見るために、久しぶりに改装して間もない某大手レンタル店に立ち寄った時のことだ。期待通りの結果を得て満足し、まだ同じく新譜の所にあった「罪と夏」もチェックし、ROCKの棚に移動して高橋優の名を探して、私は愕然とした。そこに、高橋優はいなかったからである。

結果、J-POPの棚でその名前を見つけることは出来た。しかし私のダメージはなかなかのものであった。

 

「高橋優はROCKではないのか?」

 

これだけではない。

 

「高橋優はJ-POPなのか?」

 

これだ。

更に誤解を恐れず言うと、「高橋優がJ-POPになってしまった」と思った。

 

その前からじわじわと言われていたようだが、昨年の「明日はきっといい日になる」以降、高橋優が丸くなったと一部界隈ではとても賑やかだった。株主総会でも言及される程であった。私も先日アルバムの記事で少し触れた。ああ、これが「J-POPになる」ということかと一度ケリをつけるつもりでいた。まだ大して時間は経っていないが、私が好きになったのはROCKな優くんだったなと思い返してもいた。そうして、先日レンタル店で受けた衝撃をやわらげようとした。そして、そんな中で読んだ新譜「光の破片」に関してのインタビューがとても響いたので、紹介したい。

 

 

もちろんこの6年間は幸せだったし、いろんな人に関わってもらえている感謝の気持ちもありますよ。でもその一方で、疑問というのは尽きないんですよ。世間に対して。その疑問とか不安とか忘れたと思われていたっぽいんです、高橋優は。もう、そっちの表現はやめたんでしょって(苦笑)。でもそう言われて全くイヤな気がしていなかったのは、ずっと出せる機会を伺っていただけであって。サビで<僕達は見失った>と書いているんですけど、それこそ、お前に何が分かるって言い返されそうじゃないですか。
武器を持って誰かを殺しに行く人間になるなら、武器を持たずに歌い続けて殺される人間であるほうが、シンガーとして全うできるんじゃないかなって気持ちがずっとあって。それぐらいの覚悟を持って歌ってものにしがみついていきたいと思っていたので。「誰かの望みが叶うころ」では、初めて曲に乗せました。改めてリアルタイム・シンガーソングライターと呼ばれた所以、今思ったことを歌うというスタイルは忘れずにいたい。その意思表示にもなっている気がします。

 

 

ー いいですね。それとc/wの“TOKYO DREAM”。誤解を恐れずに言えば、リアルさの凝縮度が映画やアニメのようで、歌詞を見た時に正直ゾッとしたんです。自分の住んでる東京って、こういう街なんだよな。もしかしたら自分も“そこのあなた”になっているのかもしれないって。

ああ、なるほどね!この曲のコンセプトになるようなものは、ここ近年満ちあふれていたと思うんです、みんなの周りにも。


ー ええ。

高橋優のこういう曲って古くなるって、箭内さんにも言われているんです。でもそれで良いんだ。歌い捨てていくくらいで良いんだ。それがリアルタイム・シンガーソングライターだ!って。だからこの曲も早く古くなるのかなと思っていますけどね。でも”素晴らしき日常”も“こどものうた”も古くなっていない気がしていて。


ー 残念なことに古くなっていない。歌詞のような出来事が起き続けているという意味でね。だからこの曲の歌詞が「古いね。」と言われるようになったらいいですよね。

そうなれば良いですね、本当に。でも、こういう曲を書きたいと思う自分と、それこそ“光の破片”や”産まれた理由(わけ)”、“さくらのうた”や“明日はきっといい日になる”のように、繋がりや光を信じていたい、ポジティブなことを表現していたいと思う自分がいるんです。それはずっと変わらないんだけど、そうでありたいのにそれが綺麗ごととしか聴こえないような背景があるという。

 

一読して、ああ、彼はROCKもJ-POPも内包し始めているのだと急速に感じた。リアルタイムシンガーソングライターは一ジャンルとして出来上がりつつあるのかと。そしてそれがとても嬉しいということにも気づいた。どちらもとても良いインタビューなので、少し長いが是非お読み頂きたい。

 

 

2015年6月9日「胡坐」in umedaAKASOでのやり取りが思い返される。

6月9日のロックの日を優くんに気づいてほしくて、客席皆で口々にロックの日ー!と叫んだが、彼はさらりと「ロックとか、そういうジャンルは気にしてないんだ」というニュアンスで返答をした。私たちの意図とは違うものが返ってきて(というかロックの日に胡坐大阪だったことが単純に皆嬉しかっただけなのだが)、すごく俯瞰で自分の楽曲や音楽活動を見ているなとぼんやり、少しがっかりしながら思ったものである。

 

 

思えば、先だっての株主総会でのコメントもとても立派なものであった。自分の方向性に関して言及され、真摯に返答し、パフォーマンスで示した姿の報告に、かっこいいなと素直に思えた。(そして株主になっておけばと心底思った)

 

 

「光の破片」も勿論賛否あるかと思う。アニメのOPで流れているのを聴いた身内からは「普通」という感想が出たが、「普通」はけして悪いことではないし、どう感じるかは人それぞれである。それで良いのだと思う。

因みに私は「光の破片」は意外とスルメ曲だと思っている。

 

 

ということで、色々話したが明日は店着日である。私も表題曲を配信開始日に落としてはいるものの、大好きな優くんの大好きな「CD」、フラゲするのが楽しみで仕方ない。ジャンル「高橋優」としてブレずに、これからも社会の光と闇を歌ってくれたらいいなと思う。

 

 

優くん、15枚目のシングル「光の破片」発売おめでとうございます。