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北摂ロマネスク

エイト、音楽、こっそり日常。

もっと叫んで、昔みたいに。ユーミンの話。


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時事ネタ?として書いていた【私を構成する9枚】についてエントリーしようと思ってたのが数か月前。そっちは頓挫したんですがw、昔を思い返していたら急にユーミンのことを書きたくなったので書きます。主に2000年頭までの、個人的なユーミンの思い出です。

 

90年代はじめ

母が当時小学校低学年だった私を洗脳しにかかり始める。
LOVE WARS~TEARS AND REASONSをなんとなく聴いていた。
その後「U-miz」(というか真夏の夜の夢)に大変な衝撃を受ける。
 
LOVE WARS(1989/11/25)
ティアーズ・アンド・リーズンズ(1992/11/27)
U‐miz(1993/11/26)
 

90年代中盤

この頃からBeingと並行してシングルを自分で買い始める。 
阪神大震災があったりユーミンも発売予定のシングル(命の花)が発売中止になったりと色々あったけども、春よ、来いとSMAPのがんばりましょうに関西人の私はとても元気づけられたものだ。
 
シングル「Hello, my friend」(1994/7/27)

君といた夏というドラマの主題歌だったが、ドラマと歌詞のリンクがすごいなーと子供ながらに思っていた記憶がある。本来こちらが採用されるはずだったc/w「Good-bye friend」は何十年経っても泣ける名曲。

シングル「春よ、来い」(1994/10/24)

言わずと知れた名曲。c/wなしのワンコインで素直に嬉しかった思い出。

 

ザ・ダンシング・サン(1994/11/25)
KATHMANDU(1995/12/1)
カゥガール・ドリーミン(1997/2/28)

怒涛のアルバム3枚。ツアーもすべて最高に楽しかった。

 

【1995年3月/THE DANCING SUN】

初めて連れていってもらったコンサート。むしろ連れていかれた、が正しい。この記事を書くにあたって母に当時のことを尋ねたところ、「久しぶりにコンサートに行きたいなと思ったからお連れにしようと思ったの」とさらりと返され、この親にしてこの娘ありだなと実感。初めてのコンサートは、ほぼ真夏の夜の夢目当てに行ったのに、砂の惑星の演出にドはまりして帰ってきた。
アルバムはパッケージが幼い私にはとにかく衝撃的で、芸術って怖いの一言。今見ると超かっこいいのだけど、小学4年生にはあまりに早かった。
 

【1996年2月/KATHMANDU PILGRIM TOUR 1995-1996】

対してカトマンズはジャケ写もロゴもすごくシックでかっこいい!すてき!と思ったし、今もこのデザインが一番好きだ。こちらは発売時タイミングよく(?)入院を余儀なくされていたので、アルバムをしっかり聴き込んでからツアーに行けた。というか退院後初の経過検診を京都で受けて特急に乗り大阪城ホールへ飛び込むという強行日程であった。退院祝いがコンサートだったので、今考えてもまったく変わった母親だなと思う。ポータブルCDプレイヤーを初めて買ってもらったのもこの時だ。まだMDは一般的ではなく、専らCDかカセットテープの時代である。
思えば人生初のセトリ予習はこれだったかもしれない。輪舞曲が目立ちがちなこの作品だけども、私はクロームの太陽、MidnightScarecrowが今でも揺るぎないツートップ。
 

【1997年3月/Strollin' Cowgirl Tour】

カウガールはカトマンズよりも更にアダルティにブラッシュアップされたアルバムだったので、当時小学校6年生だった私は照れながらカラオケで別れのビギンや最後の嘘を歌っていた。カラオケBOXがまだコンテナそのままが主流の時代である。懐かしい。
この3ツアーが恐らく私の現場好きの地盤を作ったと言っても過言ではない。生ってすごい、何もかもこの1回きりなんだという意識を教えてくれた。
 
その中でも一番強烈なエピソードがこれ。
97年3月16日城ホの「Strollin' Cowgirl Tour」で、TV番組「ウリナリ!」の企画でウッチャンと勝俣くんが「春よ、来い」を連弾で演奏するというサプライズに遭遇できた。昨年TwitterのTLで同日に会場におられた方と偶然コンタクトが取れ、18年振り(!)に当時のことを思い出しながらお話する機会にも恵まれた。なまじ自分がピアノをやっていたせいもあり、大阪城ホールを360度使ったど真ん中のステージにピアノが2台設置されたときの高揚感、番組でも応援をしていた彼らが出てきた時の興奮は忘れられない。
「がんばれ!」の一心で埋まる大阪城ホールの数分間。
いつ思い出しても胸がいっぱいになる。
 

90年代終盤

スユアの波(1997/12/5)
アルバムが個人的にあまり響かなかったことと体調がよくなかったため翌年のコンサートの私の席は叔母にお譲りをしたが、大好きなLOVE WARSがセットリストに入っていたと後から母に聞き、物凄く後悔した。

 

Neue Musik(1998/11/6)

松任谷由実名義楽曲のベストアルバム。未購入。理由は、このベストがあまり好きではなかったので。あとここが明らかなターニングポイントであったため。ユーミンのベストとして私が一番好きなのは、後述するスイート・ビター・スイートベストである。

 

【1999年7月/YUMING SPECTACLE SHANGRILA】

人生初のアリーナ2列目を経験。チケットの一般発売日、母と隣町の百貨店にあったぴあの窓口に早朝から並んだことも覚えている。窓口のお姉さんにアリーナ取れますよと言われたこと。それまでのツアーの一般席が5500円~6000円程度だった時代に、シャングリラは演出上一般席7500円という割高な公演で、更にアリーナ(S席)は10000円を超える高価な席だと一度諭されたが、ワガママを言って取ってもらったこと。何もかもが昨日のことのようである。
アリーナの中心にプールがあり、かと思ったらスケートのような演出にも自在に変わる。そしてユーミンがまさに目の前を通った時の衣装のシフォン生地の揺れ!忘れられない。
感想は「なんかもうすごいサーカスだった」

 

 Frozen Roses(1999/11/17)

【2000年3月/FROZEN ROSES TOUR 1999-2000】

同年、前作とは打って変わって、ニューアルバム「FROZEN ROSES」が個人的に大ヒット。翌年3月、無事志望校に受かって幸せな気分で入ったフェスティバルホール公演は本当に良かった。今でも度々聴き返すこのアルバムはOPとEDが秀逸で、なぜか中学生活を終えかけの私にガンガン訴えてくるものがあった。ラストトラックの流星の夜は本当に名曲。またこの作品をきっかけに、アルバムのストーリー性という要素を考えるようになったと思う。
 
acacia(アケイシャ)(2001/6/6)
先行シングルの「幸せであるために」は耳なじみのよい素敵なバラードであったけども、それよりもアルバム表題曲の「acacia(アルバムと読み方は異なりこちらはアカシア)」が心の琴線に触れた。ジャケットやその他のアルバム曲もポップで明るく軽いイメージでとても印象がよかったのでツアーにも行きたかったが、高校の部活の演奏日程で年間予定は埋まっていたため断念。今思うとやっぱり入りたかったなー!
 
sweet, bitter sweet YUMING BALLAD BEST(2001/11/14)
荒井由実名義のものも収録できるようになったことでレコード会社を跨いだ素晴らしいベストが出ると聞いて、発売を心待ちにしたバラードベスト。なんだろうこのカバーの穴は(四角くパンチング加工してある)と思ったら点字で「s,bs」という意味だという。深いなー。
個人的にはこのベストがどの総集編より良作だと思う。「晩夏」がないな…とは思ったけど、何一つ不満がないし、曲順がめちゃめちゃいい。特にDisk1の終盤とDisk2のトラック1~6の流れがお気に入り。
 
Wings of Winter, Shades of Summer(2002/11/13)
 ひとつ前のS.BSベストが良かったのもあり、このアルバムからノイエムジークからの勢いの落ち方が切ないなとひしひしと感じ始めていた。アルバムを30枚以上出しながらも新しいアプローチで作品を作り続けるユーミンは変わらずかっこよかったし、新譜が出れば嬉しかったのだけど、それでも守りに入ってしまった気がした。
毎年恒例の「SURF&SNOW」には一度も行かないままだったのだけど、このアルバムはこの苗場のイベントをディスクにしたような感じだなと勝手に思い描いた。それもそのはず、1980年発売の同名のアルバムの続編という位置づけである。
守りに入ったとはいっても私の好みの話なので、ミニアルバムとしての完成度は高いと思う。行ったことのないライブを彷彿とさせるコンセプチュアルな一面はすごい。
 
Yuming Compositions : FACES(2003/12/17)
広告コピーの「荒井由実松任谷由実呉田軽穂、これってみんなユーミン。」が発売当初はもっとおしゃれなのにすればよかったのに、と不満たらたらだったのだけど、今ならわかる。せやなと。
他アーティストへの提供曲のセルフカヴァーアルバム。瞳はダイアモンドより赤いスイートピーを入れてほしかったなーと今でも思っている。買ってよかったなと思ったのはいちご白書と星のクライマー。
 
VIVA!6×7(2004/11/10)

【2005年3月/Yuming VIVA!6×7TOUR 2004-2005】

私が買った最後のユーミンのオリジナルアルバムであり、2016年現在の最後の現場となった。場末のミニシアター…?というような印象でアルバムの評価を決めかねたままフェスティバルに入ったのだけど、コンサートが終わってからやっとこれはすごいスルメアルバムだと気づいた。
田島貴男氏とのデュエット曲「太陽の逃亡者」、コンサートで実際にいつメンのコーラスのお兄さんとデュエットしているのを見て、物凄くショックだったのを覚えている。や、やだ、ユーミンはそんなのしない…!とすごい複雑な気分で見守った。今思えばあれはやや偏った嫉妬心であった。最後の記憶だからか、「ヴィヴァ!シックスバイセブンへようこそ!」とユーミンが高らかに言った声を未だに覚えている。イケてるタイトルである。
 
松任谷由実40周年記念ベストアルバム 日本の恋と、ユーミンと。(2012/11/20)
この間オリジナルアルバムを3枚素通り。が、私のアニメ史における神様、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」でひこうき雲がタイアップをとったと話題になり、映画を3回観に行き、3回とも大号泣して、やっぱりユーミン最高だな!!!!!と思いながら買った大ボリュームのベスト。当然歌える歌ばかりなのだけど、その幸せをかみしめるための3枚組である。初回盤はこちらもなかなかの容量の特典DVD1枚がつく。
何より嬉しかったのがユーミンの名前をオリコンの一番てっぺんでまた見ることができたことだ。このCDの売れない時代に、AKBか嵐か!という売り上げ枚数を叩き出して、100万枚突破記念の限定盤も出た。
  

 
今いる畑が少し落ち着いたら、空白のオリジナルアルバム4枚(2013年発売が最新)を手に入れて改めてユーミンに浸ろうと思う。前作から3年経っているのでそろそろ新作が来る予感もするし、何より高橋優ですっかり現場の楽しさを思い出した母が今度ユーミンあったら行きたいと言い出しているので、今度は私が連れて行きたいという思いもある。母娘で思い出話もしながら、あの日にかえりたい。